南会津紅葉劇場/南会津周遊(田島、舘岩、伊南)~その3~



 イチョウでこんなに太い幹を見たのは初めてだった。くすのきとか杉、椎の木。僕の見聞が少ないせいだけど、イチョウの葉がついていて初めてこれはイチョウなのだと理解した。

 小学校の校庭にはほかにも並んでイチョウの木がある。そちらは黄色く色づいているのに、大イチョウだけはまだ緑だった。残念ながら周囲の山々の紅葉と同時にとはいかない。一度には楽しませてくれない。そんなものだ。

「この木が染まったらすごいんでしょうねえ」

 とUさんが言う。僕もうなずく。

 町の道端、小学校の校庭の縁、なんてことのない場所に静かに根付き想像もつかないゆっくりとした呼吸をくり返す。懐かしくさえ目に映る校舎や体育館もこの大イチョウにしてみれば子供あるいは孫、ひ孫のようなもの。大イチョウも、校舎も、何枚もカメラに収めた。

「お昼、遅くなったけど食べましょう」

 と僕はUさんに言った。

「そうしましょう」


(本日のルート)


 国道401号に出たすぐのところにあるこたき食堂へ向かった。──よかった、中途半端な時間だけどのれんが出ている。

 ラーメン、どんぶり、定食──いわゆる町の食堂。お母さんがひとりでやっている店は奥の部屋で誰も見ていないテレビがついている。らしすぎる──。絵にかいたような町の食堂。部屋の中央には石油ストーブだろうか、煙突の付いた大きなストーブが置かれていた。火は、まだ入っていない。

 すっかり身体も冷えてきてラーメンに心魅かれたけれど、ソースカツ丼にすることにした。会津に来たらソースカツ丼。別に決めているわけじゃないけど、名の知れたお店でのソースカツ丼は食べた、でも大衆食堂で食べたことはない。こういうところにあるということは本当に地元の食べものなんだと思う。Uさんとふたりでソースカツ丼を注文した。


「ご飯が少なくなっちゃうんだよねえ。いいかねえ……」

 とお母さんが言う。

「全然、かまわないですよ」

 僕とUさんは口をそろえて答えた。

 ところが出てきたソースカツ丼は大きなどんぶりからカツがはみ出さんばかりの大きなものが出てきた。僕らにとってはじゅうぶんで、むしろ余すほど。それでも美味しいこのソースカツ丼を14時半の遅い昼にかき込むように食べた。

 ソースカツ丼って店によって微妙に違うのかな。こたき食堂のソースカツ丼はキャベツが載っていない。会津のソースカツ丼の特色は千切リキャベツが載っていることって、福井のソースカツ丼と対決していた番組で言っていたけれど……。その代わりにレタスが敷いてある。それとリンゴが載っていた。これは意外。

 僕らにとってはボリュームのあるどんぶりだった。でもきれいに食べ上げた。お腹を満たしてすっかり満足し、席を立った。

「ご飯が少なくて申し訳なかったよねえ」

 お母さんは最後までそれを気にしている。

「とんでもない。ちょうどよかったですよ、この年でだんだん食べる量も減っていますし」と僕らはお会計をしながら苦笑いをした。


(古町の大イチョウがある伊南小学校)

(こたき食堂とソースカツ丼)


 さあこれから国道401号を北上し、山口の集落から国道289号に入って田島の駅を目指そう。



 国道289号、駒止トンネルを目指す上り坂のさいちゅう、左手に旧道の分岐を見た。今回、僕はこの駒止峠への旧道もルートに組み込みたいと思っていた。しかしながらこの旧道は2015年からずっと通行規制が行われている。あまりにも長いものだから、規制の情報がただ単に取り下げられていないだけでは? と疑間に思って南会津町に問合せまでした。結果は残念なことに通れる状態ではなく、変わらず通行規制中とのことだった。

 山あいの夕暮れは早い。僕もUさんも早い段階からライトを点けた。


 道路に落ちる山の陰影はどんどんとその色を濃くし、闇が迫りつつあるのを感じさせた。対して山肌にはオレンジがかった強い日差しが当たり、最盛期の紅葉をさらに燃え上がらせた。僕らはその山に向かって自転車を走らせている。

 2キロ以上におよぶ駒止トンネルを抜けると景色が群青色がかっていた。峠を東西に貫くトンネルを越えた東側はもう全体に闇が下りはじめていた。空だけが真昼の青さで、そこに別の世界が浮かんでいるようだった。

 日暮れと同時に気温が下がっているのも感じられる。ここからの長い下り坂に備えてふたりでウインドブレーカーを着こみ、じゃあラスト行きましょうかと下ハンドルを握った。

 下り坂と、これまで一日苦しめられた風が最後に追い風となって僕らを助けてくれた。それでも夜の闇の追っ手の足は速く、あっというまに僕らに追いつき追い越していく。闇はまだ完全に光を奪ったわけではない。群青色をさらに深めた程度にすぎないのだけど、これから訪れる、自然の夜の闇の深さを簡単に予感させた。不気味さや恐怖、不安をあおるような深い闇──でもそれは僕ら人間が勝手に感じるだけのこと、自然のなかではごく当たり前の光のない世界だ。

 自転車につけているヘッドライトよりも、追い越していく車のヘッドライトの明かりが頼りになる。すっかり夜が下りてきた町では自転車のライトはこころもとなかった。それでも駅に近づくにつれ光の量が増えてくる。少しずつ走りやすくなる。と同時に闇から光へ進んでいくごとにこの旅が終わりに近づいていくことを僕は実感した。

「オリンピックの施設のようですね」

 到着した会津田島の駅を見てUさんが言った。

 しかし日曜日の夜、駅にもロータリーにもひと気はなかった。下がった気温が寒さを感じさせ、寂しさも助長する。現代的オリンピックふう駅舎も取り残されたように広いロータリーのまん中に建っていた。


(通行止めの旧駒止峠への道)

(旧伊南村から駒止トンネルを抜け再び旧田島町へ)

「でも本当にいい旅でした。時期も最高だったし」

 僕はUさんにそう言った。

「盛りだくさんでしたね」

「ええ。もう一度くらい、山に行きたいですね。──行けるかな」

次の列車まで30分以上ある薄暗い駅舎の待合室で、僕らはあたたかいコーヒーを買った。


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