焼いものカフェ
そういえば焼いもっていつから食べていないだろう。
まだ二十歳を過ぎたばかりのころ、スキーに熱中していた僕は、いよいよシーズンが始まるぞという10月、新しいスキー用品を見てまわりにお茶の水に行った。これからもっと本格的にスキーをやってみたいんだっていう同い年の女の子とふたりだった。
お茶の水の街は来たるウィンターシーズンに向かってバブル的活気にあふれていた。靖国通り沿いには石焼いも屋の軽トラが何台も来て煙を上げていた。焼いも食べよっかって話になってその子と一緒に買った記憶がある。
「はい、ここでクイズ」
焼いも屋のおじさんが、ひとつずつ焼いもを袋に入れながら僕に言う。「この芋は何のためにあるか。正解したらオマケでもう一本」
軽トラの荷台に乗った、なかで煌々と燃える火が見える釜の外側に、ぺたぺたと輪切りにされたサツマイモが張り付けてある。それが何のためかというのだ。
僕は確か、いくつか答えを挙げてみたように思う。あてずっぽう、あるいは思いつくまま。でもどれも正解じゃなかった。ハイ、はずれ──おじさんがそういうたびに、彼女は表情を変えずに僕を見ていた。
そのときが、焼いもを食べた最後かもしれない。25年以上前の話だ。
◆
カフェは、焼いもとコーヒー、紅茶、緑茶もあったかな。メニューはそれだけ。
奥日光サイクリングの朝から、場所を確認していた。もともとは何かのミニコミ誌で見つけた。奥日光サイクリングからの帰り、いろは坂を下ってきた僕は、一緒に走ってくれたUさんMさんをここへ誘った。
「紅はるかを熟成させて糖度を高めた紅天使っていうお芋なんです」
とその店の奥さまが言う。「とくに限定の冷たく冷やしたものが甘みがさらに増してお勧めなんですが、どちらにしますか?」
雨中のサイクリングからいろは坂を下ってきた僕は、
「食べたいけど、身体が冷えちゃってるんで、温かいのをください」
と頼んだ。
コーヒーもおいしい。
身を皮からはがして食べやすいよう、銀のスプーンが付いてきたけれど、皮までやわらかく焼けていて、はがして食べるなんてもったいない、手で持って皮ごと口に運んだ。
まだ始めて半年と少しだそう。シンプルで物の少ない店内でも決して殺風景じゃなく、こぎれいで落ち着いていた。もともとは呉服屋さんだったそうで、入口には着物が飾られていた。
もう店を閉めようとしていたときに駆け込んでしまった。まだコーヒーいただけますか、と店頭で片づけをしていたご主人になかば強引に声をかけたら、どうぞどうぞと快く迎え入れてくれた。
たぶん僕らが最後の客。店を出て自転車を準備し、そして東武日光駅までのほんの少しの道を走り始めるまで、ずっとていねいに見送ってくれた。
ぎりぎりにすみません。ごちそうになりました。
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▼焼いもとコーヒーのセット
▼日光市御幸町 千両茶屋
▼もともとは呉服屋さんだったそう
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